「さおり、ちょっといい?」 
卒業式の始まる直前。 
さおりはトイレを済ませて出てきたところで、クラスメイトの弥生に呼び止められた。 
「なに? どうしたの?」 
「ちょっと、つきあって欲しいの」 
さおりは言われるまま、弥生についていく。 
たどり着いたのは、校舎裏。そこに、2人の女子が待っていた。 
他のクラスの子であったが、その2人を見てさおりはハッとした。 
さおりと弥生、そしてそこにいた他の2人の共通点。 
この4人は全員、ある有名私立中学を受験したのだ。 
そして、この小学校から、その私立中学に合格したのは、さおりただ1人だけだった。 
「なんの用・・・?」 
さおりは、おそるおそる尋ねた。 
受験に失敗した他の3人が、自分の事を快く思ってはいないことを、知っていたからだ。 

「いやねぇ、警戒しなくってもいいってば。さおり、合格おめでとう!」 
「え・・・」 
意外な弥生の言葉に、さおりは戸惑った。 
他の二人も、声をそろえて 
「おめでとう」 
「あたし達の分まで、中学で頑張ってよ」 
と、祝福してくれる。 
「あ、ありがとう」 
拍子抜けしながらも、さおりは素直にその言葉を受け取る。 
「それで、あたし達からさおりに、プレゼントがあるんだけど。受け取ってもらえるかな?」 
「え? 本当? ありがとう!」 
さおりの顔に、笑顔が浮かんだ。 
自分が抱いた疑念は、ただの思い過ごしだったんだ。 
そう思ったさおりの前に、弥生達がバッグから取り出し、差し出したものは、 
2L入りのお茶の、ペットボトルだった。 
「え・・・? ・・・!」 
一瞬訳が分からずにポカンとしたが、すぐに弥生達の真意に気付き、さおりの表情が引きつった。 
「あたし達のプレゼント・・・ここで飲んでくれるよ、ね?」 
3人は笑顔のまま、さおりを『脅迫』した。 

3人に囲まれては、逃げるのは無理そうだ。 
しかも小柄なさおりが、腕力で3人にかなうはずも無い。 
今は笑顔でいる3人だが、ここでさおりが拒否した場合、どんな目にあわせられるかわからない。 
さおりは、目の前のお茶を、飲むしかなかった。 
「ありがとう・・・」 
と一言いうと、ペットボトルに口をつけた。 
「ごくっ・・・ごくっ・・・」 

「んぐっ・・・ぐっ、げほっ、げほっ!」 
むせかえるさおり。 
「も、もう飲めないよ・・・」 
「ふーん。でも、1.5Lは飲んだかな? ま、いいでしょ」 
3人は、ニヤニヤしながらさおりを見ている。 
「さ、それじゃあさおり、体育館に行こうか。急がないと、卒業式の入場、始まっちゃうよ!」 
弥生がさおりの手を引っ張る。 
「ま、待って、あたし・・・」 
「何言ってんの。卒業式に遅れたら、シャレになんないよ。それに・・・トイレなら、さっき行ったばかりじゃないの」 
ニヤリと笑って弥生が言う。 
さおりは、心を見透かされたような気がした。 
そして、3人に半ば強制的に、体育館の入場口へと連れて行かれた。 

さおりのトイレの近さは、学年でも有名なくらいだった。 
低学年のころは、それこそ学校ではおもらしの常習犯であったし、 
6年生の今でも、休み時間ごとにトイレに駆け込む有様だ。 
学校の友達にはナイショだが、いまだに週に1回は、おねしょをしてしまう。 
6年生にもなっておねしょの治らないさおりを心配した母は、 
一度さおりを病院に連れて行ったが、医者によると、病気ではないという。 
ただ、背の順で並ぶといつも先頭になる、学年でも一番小柄なさおりは、 
まだ膀胱も成長しきっていないらしく、すぐにおしっこで満タンになってしまうらしいのだ。 
お医者さんに言われて、さおりはおしっこの量を測ってみた。 
ギリギリまで我慢して、膀胱の最大容量を測定するのである。 
さおりは、自分なりに必死に我慢したつもりなのだが、たったの250mlしかなかった。 
そんなさおりが、1500ml以上のお茶を飲まされて、一時間半は掛かる卒業式に出るのである・・・。 

「卒業証書、授与」 
「6年1組。青野健太」 
「ハイ!」 
ギシ・・・ギシ・・・ 
まだ、卒業式が始まって20分と経っていない。 
しかし、さおりの尿意はすでに、耐えがたいものへとなっていった。 
おしりが落ち着き無く前後左右に揺れ動き、その度にさおりの座るパイプ椅子が軋む音が響く。 
(落ち着け、落ち着くのよさおり) 
さおりは努めて冷静になるよう、自分に言い聞かす。 
4年生の1学期を最後に卒業したはずのおもらしを、小学校卒業の日にしてしまうわけにはいかない。 
そのためにも、なんとか無事に済む方法を考えなければならないのだ。 
卒業式が終わるまで、おしっこを我慢できればそれが一番いい。 
けれどそれは、さおりには到底無理なことであった。 
恐らく、このまま座っていたら、もう15分と持たないような、切迫した尿意なのだ。 
ならば途中でトイレに行くしかない。 
そのチャンスが、一度だけ、ある。 

「前田さおり」 
「ハイッ・・・」 
さおりが卒業証書を受け取る番だ。寒さと緊張、そして強い尿意で声が震える。 
もうほぼ限界のおしっこがこぼれ出さないよう、摺り足で慎重にステージ中央の校長先生の元へ歩く。 
「おめでとう」 
と、校長先生から卒業証書を渡される。 
早く済ませようと急ぐあまり、最後の一礼を忘れてしまった。 
ステージから降りると、教員席にいる担任の磯部先生の方へと駆け寄った。 
「先生・・・」 
「どうしたの、前田さん」 
「あ、あの、トイレ・・・行かせて下さい・・・」 
「えぇ? 式が始まる前に行きなさいって、言ったでしょう」 
「いえ、行ったんですけど、でも・・・」 
磯部先生も、式の途中で生徒を抜け出させるようなことは、あまりしたくなかった。 
だが、さおりのトイレの近さは当然知っていた。 
「我慢できない?」 
「は、はい・・・」 
真っ赤になって答えるさおり。 
磯部先生も、目の前で小刻みに足踏みをしながら震えるさおりが、 
式の最後までおしっこを我慢できるようには、確かに見えなかった。 
「仕方ないわね。証書は預かっておくから、急いで言ってきなさい」 
「あ、ありがとうございますっ」 
さおりは、自分の席から離れられる唯一のチャンスを、モノに出来た。 

そっと体育館を出ると、急いで体育館脇のトイレに向かった。 
もう、余裕が無い。 
なんとか個室にたどり着いたが、入った途端、爆発的に尿意が高まる。 
鍵を掛けるのももどかしく、激しく足踏みをしながら便器をまたぐ。 
(あ、出る! 出ちゃう! 待ってぇっ!) 
素早くスカートを捲り上げてショーツを下ろしつつ、しゃがみ込む。 
同時に、勢いよくおしっこが噴きだした。 
『じゅ~~~っじょぼじょぼじょぼ・・・』 
(はああぁぁ・・・間にあったぁ~・・・) 
全身の筋肉が弛緩していくのがわかる。さおりは、安堵のため息をついた。 

体育館に戻ると、まだ最後のクラスの卒業証書授与が続いている。 
先生に預けておいた証書を受け取ると、さおりは席に戻った。 
クラスのみんなが既に座っている中を歩いて戻るのは恥ずかしかった。 
トイレに行っていたことも、たぶんバレているだろう。 
けれど、卒業式の最中におもらしという、最悪の事態を免れたことに、さおりはホッとしていた。 

卒業証書の授与が終わった。 
ここからは、卒業生に向けた言葉が続く。 
「校長式辞。卒業生、在校生、起立!」 
全員が一斉に立ち上がる。 
そのとき、さおりに動揺が生じた。 
(え・・・? うそ・・・!?) 
立ち上がったときに感じた、膀胱からの警報。 
まだ微かではあるが、おなかの中のその感覚は、まぎれも無く尿意であった。 
(トイレに行ってから、まだ10分も経ってないのに・・・!?) 

さおりの身体の中には、1.5Lもの過剰な水分が注ぎ込まれたのだ。 
当然、さおりの身体は余計な水を汲み出そうとする。 
ところが、バケツの役割をするさおりの膀胱は、最高でもわずか250mlしか溜められない。 
一度トイレに行って汲み出したのはいいが、さおりの小さな膀胱には、 
まだ1L以上もの水分が、注ぎ込まれようとしているのだ。 
それも、過剰な水分摂取に加え、3月の体育館の肌寒さ、そしてお茶の利尿作用も相まって、 
普段よりも数倍の早さで、である。 
回避したと思っていたおもらしのピンチが、再びさおりに迫っていた。 
しかも、もう卒業式が終了するまで、トイレに立つ機会は、もう無いのだ・・・。 

「・・・みなさん、どうか、自分の目標を持って、これから始まる中学校生活に・・・」 
ギシギシ・・・ギシ・・・ 
長い長い校長先生の話が続く中、さおりの身体は揺れ動き続ける。 
(おしっこ・・・おしっこしたい・・・最後まで我慢なんて、できないよう・・・) 
まだまだ卒業式は続くのに、さおりの我慢の限界は刻一刻と迫っている。 
式の練習で、両手は膝の上に置くようにと指示された。 
だが、さおりの右手は、股間へと伸びてしまう。 
卒業式のために新しく買った、グレーのプリーツスカートの上から、ぐっと前を押さえた。 
「・・・以上をもって、私の式辞と致します」 
ようやく、校長先生の言葉が終わった。 
だが、まだ祝辞だけでも二人残っているし、その後は『呼び掛け』が待っている。 
さおりのおしっこ我慢の時間が続く・・・。 

「・・・みなさん、今日は本当におめでとう!」 
最後の、PTA会長の祝辞が終わったときだった。 
「卒業生、在校生、起立!」 
みんなより、ワンテンポ遅れて立ち上がったさおり。 
そのさおりの後ろに座っていた女子が、さおりを見て驚く。 
(えっ、うそ!?) 
さおりのスカートのおしり側に、丸い大きなシミが広がっていたからだ。 
その女子も、さおりがさっきからずっとモジモジしていたので、おしっこを我慢しているのは気付いていた。 
けれど、まさかおしっこをすでに漏らしてしまっているとは、思わなかったのだ。 

5分ほど前、PTA会長の祝辞が始まった頃、さおりのおしっこは、 
膀胱の許容値をオーバーしてしまったのだった。 
そして、その溢れたおしっこは、さおりの意思とは無関係に、出口から体外へと飛び出していった。 
『じゅわぁっ』 
(や、やだっ) 
尿意が最高潮に達したさおりは、ほんの少しだけ、おしっこをちびってしまった。 
ショーツに、小さいころから何度も経験してきた生温かさが広がる。 
(だめ・・・だめ!) 
なんとか気を取り直そうとするさおり。 
しかし、そんなさおりをあざ笑うかのように、おしっこは容赦なくさおりの膀胱へと注がれ続ける。 
もうおしっこを体内に溜めることのできないさおりは、少しずつおしっこをちびっていくしかなかった・・・。 

『じゅっ、じゅわっ』 
(あ・・・あ・・・) 
もうさおりの身体は、おしっこのなすがままだった。 
グレーのスカートは、押さえた前側も、おしりの下に敷かれた後ろ側も、おしっこで黒ずんでしまっている。 
「・・・みなさん、今日は本当におめでとう!」 
そんなとき、ようやく最後の1人、PTA会長の祝辞が終わったのだった。 
「卒業生、在校生、起立!」 
皆一斉に立ち上がる。 
さおりも立ち上がろうとしたが、おしっこでパンパンの膀胱をかばうと、 
機敏な動作ができず、ワンテンポ遅れてしまった。 
そして、礼をして着席するまでの、ほんのわずかな時間にも、 
両手は前を押さえ、両足はせわしなく擦り合わされ、そしてまたほんの少し、おしっこをもらしてしまった。 

「6年生のみなさん、ご卒業おめでとうございます!」 
『おめでとうございます!』 
卒業生と在校生による、呼び掛けが始まった。 
(あと少し、あと少し・・・) 
この呼び掛けさえ終われば、もうすぐに退場の予定だ。 
時間にして、あと15分くらいだろう。 
もう、淡いブルーの綿ショーツも、グレーのスカートも、おしっこでぐっしょりと濡れてしまっている。 
けれど、床に水たまりを作らなければ、大きな騒ぎにはならないかもしれない。 
それなら、みんなにも、あまりバレないかもしれない・・・ 
そんな淡い期待を抱きつつ、さおりは我慢を続けていた。 
けれど、式の前に飲まされたお茶は、どんどんおしっこへと姿を変えていく。 
『しゅるるるぅ・・・』 
(お願い、待って・・・あとちょっとだけ・・・) 
流れ出るおしっこを、必死で食い止めるさおり。 
ショーツを突き抜けたおしっこは、椅子の上、太ももの間に溜まり始めた。 
床にこぼれ落ちてはまずい。 
さおりは、卒業式で涙を拭うはずだったハンカチで、そっと椅子の上のおしっこを拭いた。 
(も、もうダメぇ・・・早く、早く終わってぇ!) 

「みんなで行った林間学校」 
呼び掛けが続く。 
「全員で協力して作ったカレーは、とっても美味しかったです」 
「秋の運動会」 
「クラスみんなで、猛特訓をして、いい結果を残そうとしました」 
・・・。 
ここで、呼び掛けが途切れた。 
やや間をおいて、体育館に響いたのは、 
『ぴちゃっ・・・ぱしゃぱしゃぱしゃ・・・』 
という、水音だった。 

限界だった。 
呼び掛けも終盤、あと少しというところで、さおりの番が回ってきた。 
そのとき、さおりは強烈な尿意の波に襲われていたのだ。 
けれど、呼び掛けの順番は待ってはくれない。 
無理に立ち上がろうと、足に力を込めた瞬間。 
『しゅわっ、しょおおおぉぉぉ~・・・』 
と、いきなり勢いよくおしっこが出始めた。 
(やっ、やあぁ・・・!) 
慌てて椅子に座りなおし、おしっこの出口に意識を集中するさおり。 
けれど、もうおしっこは今までのように、止まってはくれなかった。 
さおりの左手はスカートの上から出口を押さえ、 
右手は、椅子の上を流れるおしっこを、ハンカチで必死に堰きとめようとする。 
だが、そんなさおりの最後の抵抗も無駄だった。 
次々と溢れ出すおしっこは、無情にもハンカチの両脇をすり抜け、とうとう椅子の下へと零れ落ちた。 
『ぴちゃっ・・・ぱしゃぱしゃぱしゃ・・・』 
その音は、回りの注目を一斉に集めた。 
視線の真ん中で、真っ赤になってうつむくさおり。 
『しゅしゅっ、ちゅっちゅっ、じゅううぅぅ・・・』 
そんな中でも、おしっこは止まらない。 
限界を超えて溜め込まれていたおしっこが、開放され続けていた。 

さおりの足元で、もわっと湯気を上げる大きな水たまり。 
大量の水分で薄められたそれは、殆ど無色透明で、匂いもあまりしなかった。 
しかしそれが、さおりが漏らしてしまったおしっこだということは、紛れも無い事実だった。 
体育館の中がざわめく。 
まるで伝言ゲームのように、さおりのおもらしのことが体育館に広まっていった。 
「ぐすっ・・・ひくっ・・・」 
椅子に座ったまま、騒ぎの中心で泣きじゃくるさおり。 

元はといえば、1人だけ私立中学に合格したことが引き金となったおもらしだった。 
だが、今のさおりには、それが唯一の救いでもあった。 
(中学にいったら、もうこの場にいる人に会わなくても済むんだ・・・) 
そんなことを、ぼんやりとした頭で考えるのだった。