11:45
すりむいたことになっている大事な部分を心配されながら、ぎこちない足どりで時折立ち止まりながら歩く初音が、
店へと折れる曲がり角のところにあるレストランにたどりついたのは店を出て10分も経ったころだった。

普段の足早な初音なら店からここまで5分ほどで来れる距離なのだが、
重いタライいっぱいに満たされた熱湯をこぼさないよう支えて歩いているような初音にはその早さがやっとだ。
だが初老の的井夫妻にはそのくらいのペースの方が良かったようだ。 

席についた初音は、オススメのメニューなどを的井夫妻に説明しながら、トイレに立つタイミングを計算していた。
ひとまず注文をするまでは立てない。初音が今、場の盛り上げ役になっていることもあり、
主導権を店長にバトンタッチするまでは場を離れられない。注文をとったあとがベストのタイミングだ。

個人の趣味で陶器などを焼いている主人が開いている、売店もかねたこじんまりしたレストランで
主人や店員は厨房や別の仕事とかけもちなのか、最初におしぼりとおひやを出したあとは
なかなか注文をとりにこない。

「ちょっと見てきましょうか」

あわよくばトイレに行こうという考えで初音が腰を浮かしかけるのを店長が止めて、大声で店員を呼んだ。

(トイレ…トイレ…オシッコ…オシッコ!)

注文を頼み終え、ようやくひと段落したところで、途中からしきりにトイレのほうに視線を泳がせていた初音が
新しい話題が始まる前に、と立ちあがりかける。が、奥に座ることになってしまった初音は店長にどいてもらわなければならない。
それで店長に声をかけようとしたところ、

「あの、お手洗いはどちらでしょう」

的井夫人に先を越されてしまった。
店長が指さして場所を教える。ここのトイレは男女共用の1つしかない。それを知っている初音は
一緒に席を立ってトイレのドアの前で待っているわけにもいかない。
そうこうしている間に、新しい話が始まってしまった。

(そっ、そんなぁ!か、神様―)

夫人が戻ってくるのを首を長くして今か今かと待つ初音。次々に庭についての話題を振られ
尿意から気がまぎれるのは救いかもしれないが、我慢に集中ができないという点では危険だった。 

「ええ、とても素晴らしいと思いますわ」

初音は的井氏の話の相手をしながら、チラチラとトイレの方に目をやる。

(ああっ、神様、助かった、間に合った!)

永遠に閉ざされたままなのかと思われたトイレのドアがやっと開いた。実際は大した時間ではなかったのだが。
ここに座ってからだけでも何度かちびってショーツをまたも湿らせていた初音だったが
まだ水門のコンディションはかろうじて保っていた。
初音はドアが開きかけるのを目にするやぎゅっとバッグをつかみ、腰を浮かせて店長に目を向ける。
奥の席なので店長がどけてくれないとトイレに行けないのだ。
初音の目線を受けるまでもなく、店長が椅子を引き席を立つ。
席から出ようとしながらそっと店長に首を下げて礼をする初音。店長は気にしなくていいというようなあいまいな笑みを初音に向けてから
それから的井氏にむかって

「すみませんが、ちょいと私も失礼しますよ」

そういって席を離れた。

(えっ、えっ!ちょっとぉぉ、私がトイレ行きたいのに…ひどいっっ!)

的井氏の話相手を主につとめていたのは初音だった。店長の笑みの正体は、もうしばらく的井氏の話相手を任せるという意味だったようだ。

「そうなんです、ちょうど今ご主人にもそう申し上げていたところなんですよ」

初音は、戻ってきた夫人も含めて話をしながら、今度は的井氏に先をこされはしないだろうかという不安にとらわれた。
いっそ店長が戻ってくるのを待たずに、トイレのドアの前に並んでしまえばいい。でも
的井夫妻と話をしている最中に、不自然なところで話の腰を折ってこちら側の人間が2人とも席をはずすわけにもいかない。
本当は、不自然だろうがなんだろうが、なりふり構わず駆けこみたいところまでとっくにきているのに。
初音は的井氏がトイレに行きそうかどうか様子を観察した。が、分からない。
どうしてもそわそわしてしまう自分を、押さえるのがやっとだ。 

「これは珍しい味ですな!」「本当ねえ!」

夫妻が料理を口にして感嘆の声をあげる。店長はこの店に連れてきた自分の手柄のように得意気に料理の説明をし、
初音はその横でスマイルを浮かべてうなずいていた。だが初音の本心は悲鳴をあげていた。

(ああ、オシッコもれちゃうオシッコもれちゃう我慢しなきゃ我慢我慢…)

12:00。初音はいまだにオシッコできないまま、食事をはじめる事になってしまっていた。
店長が戻ってくる前に、料理が運ばれて来始めたのだ。

初音が先に召しあがるよう勧めるも、夫妻は店長が戻ってくるまで待つと言う。
そんな状況で、店長が戻ってきたら今度は初音が席をはずし、さらに待たせるなんてことができるだろうか。
非常に気がひける。しかし、いざ食事が始まってしまえば、食事中に席を立つのは非常に失礼だし、
奥の席の初音は店長にどいてもらわないと席を立てなくなってしまう。

初音のオシッコはとっくに限界状態だ。朝からトイレのことで頭が一杯だったのにとうとう昼になってしまっている。
店長が戻ってくるまでの間、初音は何度も腰をうかしかけては話の切れ目にトイレのことを切り出そうとしたが
迷いがあってなかなか切り出せず、とうとう店長が戻ってきたというわけだ。
ただの食事なら、さっさと食べるだけ食べてすませることもできるが、今回は接待に近い会食である。
時間は余計にかかるのは必至だ。

(もう絶対オシッコもらしちゃう…どうしよう…どうしよう)

気が遠くなる。スラックスと店の椅子をびちょびちょに濡らしてしまった自分が、
店長と夫妻の茫然と見開いた目に囲まれているビジョンが脳裡をよぎる。

食事を終えて再びトイレに立つタイミングを手にするまでオシッコを我慢するのはもう絶対に不可能だと絶望しつつも、
初音は今の一瞬一瞬を我慢して乗り切る努力を続ける。 

こんな状況は初めてではなかった。
良く似た状況を初音は体験したことがある。
それまでの初音の人生でベスト1に輝くであろうオシッコ我慢がこんな状況だった。
もっとも、ベストはとっくに更新してしまって今もまさに更新中だが。

  ずっとオシッコを我慢しつづけていて、早くトイレに行きたくてたまらないのにトイレに立てない。
  婚約中、夫の家族と出かけた時がそうだった。

  午前中、夫とその姉と一緒に入った喫茶店で紅茶を飲みすぎ、出かける前に飲んだコーヒーとのダブルパンチで
  ひどくトイレに行きたくなったが、誰もトイレに立たないので初音はトイレを我慢せざるを得なかった。

  その後、夫の姉が他の家族を迎えに行っている間が絶好のトイレチャンスで、
  そうでなくても人に会う前のトイレを済ませておくべき機会だったのに、変に強引なところのある夫が買い物につき合わせるので
  ついトイレのことが言えないまま夫の両親や妹とも会うことになってしまったのである。

  夫は買い物につき合わせて初音の貴重なトイレチャンスを潰してしまっておきながら、
  気を使う相手の前で自分からトイレのことを切り出せるわけもない初音が家族と会話をしている合間に
  あろうことか自分だけトイレを済ませてしまったのだった。

  その上、喫茶店から一度もトイレに行っていない初音のことは全く気遣ってくれなかった。
  全く気がきかない人ではないのだが、すっぽりと気遣いが欠けてることがたまにあり、この時のトイレのこともその一つだった。
  その結果初音は、オシッコを我慢したまま会食をすることになってしまったのだった。

  ちょうど今のように。

「東北へはよく?」「ここ2,3年は毎年何回か行っているなあ」

初音は尿意で朦朧としそうな意識をやりくりして、どうにか夫妻の会話の相手を無難につとめる。

(あのときの昼食はまだこんなに絶体絶命じゃなかったけど…劇のあとの喫茶店がもう死にそうだったわ…) 

  初音にとって実際の時間以上に長いものとなった夫の家族との昼食は終わったものの、
  そのあと観る劇の開演時間が間近でドタバタして、オシッコはおろか化粧直しにトイレに寄る事もできず
  満水の膀胱で長い長い劇を観ることになってしまった。

  当然このあと話題にあがる劇をうわのそらで観るわけにもいかず、
  尿意と戦いながら初音はいつ終わるとも知れない劇を一生懸命観た。

  そして待ちに待った幕間の休憩。ところが、どういうわけか夫の母も姉も妹もトイレに並ばないのである。

  午前からずっとトイレに行っていない初音は別格としても、女性陣3人も合流した昼食前からはトイレに行っていない。
  並ばないのが誰か一人ならまだしも、誰一人並ぼうとしないので初音からは言い出しにくく、
  ラウンジのソファで初音が悶々としていると夫の妹が何気なくむこうに目をやって

  「相変わらずものすごい行列」

  と言った。劇場の女子トイレの行列のことだ。収容人数に対し個室の数が少ないのか、休憩になってかなりの時間がたつのに
  まだ行列の後ろがトイレからかなりはなれたところまで続いている。

  「間に合えばいいけどねー」

  夫の姉が答えるともなく言い、初音を見た。
  初音はこの行列に並んだとしても順番が来るまで我慢するのは辛いだろうなと考えていたところだったので、
  夫の姉が自分を見ているのに気付いて、自分の尿意に気付かれてトイレまで間に合うかどうかまで心配されているのかと思い
  ドキッとしてしまった。が、直後初音が持っていたパンフレットの時間を確認していたので
  行列に並んでいる人が休憩が終わるまでにトイレを済ませられるかどうかのことだろうとわかった。

  どうやらこの劇場にはずいぶん来慣れているらしい夫の家族は、女子トイレの異常な混雑を知っているので
  最初からトイレは行かないつもりで来ているのだろう。
  女子トイレの行列に対する姉妹の感想がいかにも他人事な響きを帯びていることからもそれがわかる。

  初音は前半と同じだけの時間を、前半よりはるかに辛くなったオシッコを我慢しつづけることになった。 

(そういえば、前半があって休憩をはさんで後半も我慢って、今日と同じじゃない)

初音は椅子の上でお尻を左右に体重移動させたり、皆の目がテーブルの料理に向いているのをいいことにクロッチを時々握り締めたりしながら
オシッコの猛威を押さえこむ。もちろん、食事もしながら、話の相手もしながら。

(オシッコ…ああオシッコしたい!…前半後半の時間は今日の説明よりも劇の方が全然長かったけど…ああっ!したいよオシッコ!)

コーヒーの効き目は同じだとして、あの時の紅茶や昼食より、昨夜のスイカの影響の方が大きいのか、はたまた朝起きた時や
家を出る前の習慣的なトイレのタイミングを禁じられたせいか、辛さは今の初音の方がはるかにひどい。

夫の家族を前にした緊張感もあったせいか、あの時は後半の劇と最後の喫茶店に何度かちびったくらいで、ショーツは
まだ無事といっていい範囲だった。今の初音のショーツはくりかえしちびりすぎて、途中びちょびちょになったのを拭いたりしながらも
今もまた熱い水気に支配されている。

初音はなるべく見ないことにしていた時計に目をやる。12:30。膀胱はジンジンと痺れて腹腔内で絶大な存在感を主張していたが
尿意が収拾がつかないほど暴れまわることなく、強烈だがおとなしい尿意が、ゆるやかなペースで強弱をくりかえす波を
ひたすら耐えていればどうにかなりそうな状態だった。とはいえ、強烈な尿意と付き合い続けながら会話も続行するのは
おそろしく精神力を消耗する。

時計とは違い、この数十分の間に何百何千回見たかわからないトイレにも目をやる。
限界のオシッコと戦いながら、会話にも気を使う同じシチュエーションを思い出しながら、
初音は絶対にあのトイレを使ってやるんだと心に刻んだ。食事が済んだら、どんな邪魔が入っても今度こそは絶対にトイレを使ってやる。
そう強く念じておかないと、今日いやになるほど繰り返されている運命の意地悪がまた繰り返され、
またトイレのチャンスが逃げてしまいそうに思えた。ひときわ熱い視線をトイレのドアになげかける。

(トイレ…トイレ…もしここを出る前にトイレに行く機会を逃がしても、すぐ店に戻ってトイレを借りるわ!) 

  今までのオシッコ我慢最高記録である観劇の日もそんな調子だった。

  どうにか後半も無事観終えた初音は、休憩以上にごったがえすラウンジと、一層混雑した女子トイレを見て
  劇場でのトイレを泣く泣くあきらめた。夫は人の気も知らないで女子トイレほどは混んでいないトイレに寄る。
  初音がオシッコ我慢に苦しんでいる間にもう3度目のトイレだ。内心で腹を立てる初音とは対照的に
  女性陣はトイレに行かないままでも平気そうで、不満もうらやましさも見せない。
  最初からこの劇場はこういうものだとわかっているせいだろう。
  また、そのせいでオシッコ我慢が鍛えられているのかもしれない。

  後日、夫の姉が2人きりのときに観劇の日のことにふれた時、そんなことを言っていた。

  「初音さん、あのときトイレ大丈夫だった?」

  どうにかおもらしは免れたものの、大丈夫とはとてもいいがたい状況だった。劇の後半にはトイレのことしか
  考えられなかったし、限界の自分を尻目に夫がトイレを済ませる時間もじりじりしながら待って、
  ようやくトイレに行けると思った観劇後の喫茶店でも結局トイレには立てなかったのだ。

  ちょうど今店長にさえぎられて自由に席を立てないのと同じで、ソファに並んで座って真ん中にはさまれてしまい
  しかもここでも女性陣はトイレに立たなかったので、まだ面識が浅く緊張感のある初音はトイレを言い出せなかった。

  「私とかトイレ行かない方だから…長い劇を観に行ってもトイレ寄らないまま帰っても違和感なかったんだけど
  初音さんもそれにつき合わせることになっちゃったわね。あたしが気をきかせれば良かったのに、ごめんなさいね」

  姉はこのように気遣ってくれたし、結婚してからは、一緒に暮らしていた義母は、出勤前にトイレに行こうとした初音と
  トイレ前でばったり会ったときに、出勤前だからと初音に先をゆずってくれるなど理解をみせてくれた。
  それに対して夫が初音のトイレに気がきかなかったのは、ひょっとすると家族の女性陣が劇の時にあまりトイレに行かないのを
  見慣れているせいなのかもしれない。

  観劇の日、初音がトイレに行っていないことや初音の尿意を気付いてくれない夫とは、
  最後に喫茶店を出て夫の家族と別れたとたんケンカになりかけた。とはいっても自分のオシッコのことが原因なので怒るのも恥かしいし、
  オシッコの方が緊急事態だったのでのんきにケンカしている余裕もなく、初音は出たばっかりに喫茶店に戻って
  トイレに駆けこんだのだった。

  店に戻った時は焦っていたので気にならなかったが、店を出る時にウェイターらに対してすごく気まずかったのをおぼえている。 

12:50
食事は終わり、話もそろそろ切り上げムードだ。この店に来て一時間になるし、時刻もきりのいい1時が近い。

(よく頑張ったわ、あと少し、あと少しよ!)

初音は絶対に使ってやるという意思をこめた視線を改めてトイレのドアに投げかけた。
尿意は初音の全身の細胞にまでしみわたるほどきつかったが、きつくても安定してくれているので
気持ちさえとぎれなければ我慢できる。いっそ尿意が暴れ出せば、ここまでの威力の尿意の暴走はもう止めるすべはなく
おもらししてしまうに違いない。なまじ尿意が落ち着いているだけに、おもらしという終わりを迎えないまま
辛さだけが高まっているとも言えるが。

(違う違う、トイレはもう少し先、そうね、1時になったら行けるの、もう少し先)

初音は期待で尿道口がひくひく震えるのを感じ、自分を戒めた。
もうすぐだと思って気がゆるみ、もうすぐトイレに行けるということを頭でなく体が納得してしまうと
体がオシッコの放出体勢をととのえて、尿意が暴れまわってしまう。そうなったらおしまいだ。

そろそろ店を出ようということになり、もう席を立つ仕度で皆がごそごそしはじめている。
たとえ意地悪すぎる運命がここにいる4人全員をトイレに行くことに決め、初音の順番を最後にしたとしても
1時になる前には確実にトイレの順番は回ってくる。

それでも初音は体を油断させないために、一時までは絶対トイレに行けないと自分に言い聞かせた。
それまでは、たとえ個室の中に入って便器を目の前にしたとしても、トイレ掃除のためにトイレに入った時みたいに
オシッコのためでない用でたまたまそこにいるだけで、オシッコはするわけにいかないのだ、ということまで考えて
自分の体にオシッコ禁止をかたく思い知らせた。
その意識を解禁するのは、便器の前でショーツをさげ、本当にオシッコしても大丈夫になった時だ。
直前まではまだオシッコしていい場所や時間じゃないと自己催眠をかけておかなければ、順番が迫っただけで
もらしてしまうに違いない。 

体をだますためトイレはまだだと自分に言い聞かせる一方で、自分のトイレ使用権を確保するための、愛しいトイレの
ドアまで歩く経路をシミュレーションする初音。相反する思考を、体を安心させてしまわないようにめぐらせるのは離れ業だ。

  店長が食事代を払うためレジに行き、初音は夫妻を先導して先に出口前あたりまで出ることになるだろう。
  その途中にあるトイレに、失礼ながら寄らせてもらう。先を歩けば夫妻に先をこされることもなく…

席を立つわずかな間に、夫妻がトイレに行く場合などをいくつか想定しながら、数m先の便器までのサクセスストーリーを
思い浮かべているところに、

――ビィィィィィィィ! ビィィィィィィィ! ビィィィィィィィ!――

「きゃあッ!」

不意をついて、マナーモードの携帯電話の振動。
ジャケットのポケットごしに、ただならぬ状況下にある腹部にバイブレーションがもろに届く。
痺れか痛みかわからないものでジンジンしている慢性的な球体は
それ自身の切実さで手一杯で、今回はバイブレーションにあまり攪乱されなかった。

初音はまた子供がどうでもいいことで電話をかけてきたのかと腹を立て、電源を切って黙殺してしまおうかと思ったが
取り出してみると職場からだった。

「あ、お店からでした」

そう言って電話に出る初音。職場からとなると、店長や、的井夫妻の用件である可能性もある。
席を立って出口に向かいかけていた3人がテーブルのところに立ち止まって初音の様子をうかがう。

「えっ、警察?事故のことね。それで私はどうすれば」

聞いていた店長が、今朝の交通事故の事のようですよ、と的井夫妻に説明するともなく言って、初音を残して夫妻を引き連れ
レジの方へ向かう。初音は電話の向こうの笠間に事情を聞きながら、的井氏がトイレに入って行くのをくいいるような目で見ていた。 

12:55

「そうか、それじゃ君は少しでも早く戻った方がいいだろう」

警察が事故の件で初音を訊ねてくるために、職場に連絡が来たそうだ。
警察としても現場に近い初音の職場の方で話が済むほうがてっとり早いのだろう、初音が食事に出てるだけでまだ退社したわけでないと
知ると、今から職場に向かって、初音を待つことにしたいらしいとのことだそうだ。

店長に事情を告げると、初音を一人先に職場に帰るよう勧める。
先にと言っても、どうせ的井夫妻の車もオオタキエクステリアの駐車場にあるわけで、支払いが済んで戻ってくる店長たちと
2,3分の差もつかないだろう。今日のことで初音に改めて礼を言う的井夫人は、事故の件だと聞いて、冗談混じりに
キズの慰謝料もらいなさいよ、などと笑う。

だが初音は先に行くわけにはいかない。どうあってもここでオシッコを済ませると決めた。ここで行っておかないと、この調子では
この先もしつこく邪魔がはいって、おもらしするまで永久にトイレに行けないような気がする。

ここで初音がトイレを済ませたとしても、せいぜい5分かそこら遅くなるくらいで、そのくらいの時間警察を待たせても
特に問題はないはずだ。逆にここでトイレを済ませておかないと、このまま戻るとなると、職場のトイレまではオシッコできない。
しかも、警察が待っているとなると、職場のトイレを使わせてもらう前に警察との長話に突入してしまう恐れだってある。
店長と的井夫人が、初音が先に帰る前提であいさつをするのに生返事をして、初音は的井氏が入ったままのトイレのドアを見た。

「結城さん、主人には挨拶はいいわ」

的井氏に別れの挨拶をしていないことを気にかけているととられたらしい。

「どうせ我々も店に戻る、すぐに追いつくさ」

店長も支払いをしながら重ねて言う。どうあってもトイレを使う決意の初音は、それでも踏みとどまって、トイレのほうに数歩進んだが、

(え…、あ、あ…、うあぁぁぁっ!)

急にとんでもない尿意が初音の股間から脳天までをズグンとえぐった。今までどうにか安定していた尿意が揺らぎ、暴れはじめたのだ。

「そ、それでは、い、急いで、先にもどってま、すっ」

へっぴり腰で背筋だけ伸ばしたぎこちない姿勢で、奥の方に数歩ふみだしてすぐまわれ右した初音は、店長と夫人に軽く会釈しながら
店を駆け出た。もう我慢できない。店内でおとなしくトイレ待ちしていたらもらしていた。
ここまで高まった尿意は初音にとって生まれて初めてで、今後も一生ありえないほどのものだ。軽く突ついただけでも
崩壊してしまいそうな、容器の縁を越えて表面張力の極限まで上乗せされた限界以上の尿意に屈せずいられたのは
たまたま容器が動かないまま風もないままおとなしい状態にあったからだ。それでも何度もちびっていた。
こんな極限状態の尿意がバランスを崩し猛威をふるったら、一体誰が持ちこたえることができるだろう。

初音は店を出るや両手で思いっきり股間を押さえつけ、さらに両足をよじりあわせてオシッコを止めた。
一番得意で強力と思われる方法に頼る他ない。それすら気休めになるかどうか。さいわい人気のない道路には
歩行者はもちろん車も通っていなかったが、初音にはそんなことを気にしている余裕はない。

力をこめてじっと固まっている以外の余地を見出すと、初音は今度は両手は股間を握り締めたまま地団駄をふむ。
荒いステップが膀胱に響くが、これまた気にしている場合ではない。股間を麻痺させる決壊の予感をなんとかして散らさないと即おもらしだ。
初音は目に涙をうかべ、髪を振り乱し地団駄を踏みながら前方を見た。

事故のあった道から、職場へ折れるT字路の角がこのレストランで、初音は職場の方へ伸びる上り坂の道を見た。
そして前押さえ付きの不規則な足踏みのまま、ひょこひょこと前に進む。左右にフラフラしたり、途中立ち止まったりと
とてもあぶなっかしい。

初音はこのような懸命の努力でおもらしを回避しようとしているが、その間にもちびりとはいえないほどの量のオシッコが
断続的に噴出している。もうスラックスの生地越しにオシッコが初音の両手をぬらすほどだ。
それでも初音は我慢をあきらめていない。何か救いの希望があるようだった。 

スラックスのお尻や膝あたりまでの内股をびっしょり濡らしながら、まだ初音はあきらめてオシッコを解放してはいない。
量で言えば、とっくに休憩のとき中にオシッコをしようとしたコップの2,3杯分は、店を出てからの短期間だけでもらしているだろう。
それでも初音はまだ我慢をつらぬいている。まだ溢れたオシッコが流れ落ちてパンプスを浸すまでは行っていないし、
あぶなっかしい進路のあとに濡れた跡を残してもいない。

初音は、まっすぐオオタキエクステリアに続く上り坂の道をたどらず、途中で脇道に入った。

初音は、外でオシッコをすることに決めたのだった。
かといって、そのあたりの道でするわけにはいかない。車も通るし、店長や的井夫妻もすぐ追ってくるし、
警察がまだ職場にきてないとすると、警察だってこの坂道を来る。
ただ大きい通りを避けただけではない。この脇道は、人通りの心配がない。
ここはオオタキエクステリアの私道で、部外者が来ることはない。
搬送のトラックが、店舗の奥に広がる庭や駐車場の方に続くこの道を使うのも限られた日時だけで、今日は大丈夫だ。

初音はおもらしが開始していると言っていいほどの濡れ具合の股間をオシッコで濡れる手で押さえながら
それでもまだ水門を開放はせずに、念のために奥に向かった。折れてすぐだと通りから見えてしまう危険がある。

(オシッコ!オシッコ!本当によく我慢したわ!やっとオシッコできるぅぅっ!)

初音は足踏みを止めることができないまま、もどかしくベルトを外すと乱暴にスラックスとショーツを下ろしながらしゃがみこむ。
13:00。8時半には出勤してすませていた予定のオシッコの、4時間半も待たされた解禁だ。 

「ふぅ、ふあああッ…」

ショッ…シュアアア……

長時間、限界を超えた我慢を強いられて来たオシッコは、見事な勢いで放物線を描く。

(ああっ、オシッコ!オシッコしたい、もっとオシッコしたい!)

膀胱いっぱいにたまった膨大な量のオシッコが先を争うもどかしさ。
これほどすばらしい勢いの噴出でも初音にはじれったい。

弧を描いた水流がビタビタと地面にそそぎ、大きい水たまりをさらに大きくひろげていく。
濃いオシッコのニオイがぷうんと漂う。
初音は増大していく解放感と快感をもっと貪欲にむさぼりたくて、
放出スピードのじれったいオシッコをせかすように、膀胱を揉み、お尻を振る。

ジャアアアア…シュシュウウウ

太さと力強さを増したオシッコの水流。膀胱のやりたいこととオシッコの出るエネルギーが
ガッチリと歯車が噛み合ったような心強さで、初音のオシッコは終わりを知らず出つづける。
普段のオシッコタイムをはるかに超える時間がたったように思えても
まだおとろえる気配のないオシッコの
勢いと快感を味わいながら、初音はふと頭をあげた。 

「きゃ、いやあああああ!キャアアアア!!」

なんと、誰も来るはずのないこの道を男が2人やってくるではないか!

ななめ上に噴出して、やがて地面の大きな池に落ちるオシッコのボドボドビチビチという音は遠くからでも聞こえる。
初音はおおあわてでオシッコをやめようとしたが、ここまで勢いを増したオシッコを、女性の少ない括約筋では
止める事は不可能だ。むきだしの陰部を手で塞ぎ、オシッコそのものを塞ごうとするものの、力強く初音の手のひらを撃つ
オシッコの勢いの前では何のききめもない。逆に水撒きのホースの先を潰したようなもので、四方八方にさらに勢いを増した
尿流がとびちり、初音の顔やブラウス、下ろしたスラックスなどをみるみる濡らしていく。
初音は中腰で立ち上がって後ろをむこうとするも、おろしかけたショーツに足をとられてまともに動けない。
オシッコが噴き出続けるままにショーツを上げ、スラックスも上げ、その上からオシッコを止めようと一生懸命両手で押さえるが
もちろん効果はない。

「結城さん…」

警察官2人がしばらく様子をうかがい、ためらいがちに声をかけた時には、初音はなすすべなくまだオシッコを出しながら
パニックで右往左往していた。 

「…はぁっはぁっ…はぁっ…はぁっ、ああンッ!ふうぅ…はあ、はぁっ…」

ようやくオシッコがとまり、忘我の様子で立ち尽くす初音。声をかけても肩で息をしながら、
時折酷使されすぎた膀胱に刺激を感じるのか妙な声をあげるだけだ。

  しばらくは人目を気にして、どうにかオシッコを止めようとあがいていた初音だったが
  あまりにも圧倒的な解放感の誘惑と、努力してもひときわあられもない姿を晒し続けることにしかならなくて
  羞恥心が壊れてしまったのとで、全てあきらめて出つづけるオシッコに身を委ねたのだった。
  オシッコは上げられたスラックスをジュクジュクに濡らし、しめてないファスナーの間からは
  ショーツの生地に濾されたオシッコが、大雨でダムから溢れる水流のように涌き出ては落ちていった………


  …………………………


警察官は、初音が聞いているかどうか定かではなかったが、事故について知らせる事項を伝えるだけ伝えてその場を去った。 

  「ちょっと…あれはすごかったですねぇ座間さん……」

  「なんというか、圧倒されて言葉が見つからんな」

  「はい、もうアレ、注意するどころじゃなかったですわ」

  「軽犯罪法にも問いにくいな、どうみてもただごとじゃなかったからなぁ」

  「緊急避難ですか…しかし彼女、朝も我慢してましたよねえ」

  「まさか、あれからずっと我慢してたってことは」

  「まさかぁ…あれは朝、今はもう昼すぎですよ」

  「だよなぁー。だがそうとしか思えないくらいのションベンだった」

  「ですよね。いやぁすごかった」